神道

〇神道

神道は、日本民族の古来の自然信仰を基礎としており、神秘で畏敬の念を抱かせるものを広く神として信仰の対象としてきました。したがって、神社にはさまざまなものが神として祀られていて、「八百万の神」と言われるほど多彩です。自然発生的に生まれた信仰で、遅くても弥生時代に原初的な形をとり、古墳時代に民俗宗教としての形態を整えたと思われます。

「神道」という語は、「日本書紀」(8世紀)に初めて現れますが、これは外来宗教である「仏法」(=仏教)への対語として在来の民族宗教を自覚してのものでした。

現在教団として活動しているものには、①神社を中心とした「神社神道」と②江戸時代後期以降に誕生した「教派神道」とに分かれます。この他、宗教団体を結成しない、家庭や個人の「では民族神道」を加える考え方もあります。

 

〇神社神道

神社をしばしば「氏神」ということがありますが、神社は必ずしもある家系に特有の神を祀っていたわけではありません。近世以降は地域を守護する鎮守の神、産土の神を意味し、「明治初期には、全国の神社の数は、旧村落の大字村の数18万余に近かった」(文化庁「宗教年鑑」)と言われるほど、地域共同体と密接な結びつきがありました。今、神道の信者である「氏子」の数の合計が日本人の総人口とほぼ等しいのは、各神社がそのエリアに住む人々を全て「氏子」とみなして計算しているからです。

神社が教団のような形態をとったのは国家の管理を離れた1946(昭和21)年以降のことです。

神社神道の宗教教団で最大のものは、大日本神〇会、皇典講究所、神宮奉斎会の民間3団体が中心になって結成された神社本庁です。約8万の神社のうち99.6%が神社本庁に加盟しています。

この他、近畿を中心とした神社本教、広島を中心とした神社産土教、北海道の北海道神社協会、御嶽神社中心の木曽御嶽本教、石鎚本教など合計16の宗教団体があります。

〇教派神道

教派神道とは「神道的宗教伝統の中から特定の組織者・創唱者を中心とし、彼らの教説や宗教体験に従う信者からなる組織宗教」(文化庁「宗教年鑑」)で、江戸時代末期以降、民衆自体が教団組織を形成してきました。

明治時代に公認されたのは「神道教派十三派」と言われるものです。黒住教、神道修成派、出雲大社教、実行教、神道大成教、神習教、扶桑教、御嶽教、神理教、禊、金光教、天理教(現在では教派神道系を抜け諸教に分類)、神道大教の13で、現在は主としてこれらの宗教団体の系譜を引くものを教派神道に分類しています。

教派神道、その誕生の由来から次のように5つに分類されます。

1.山岳信仰派(山岳信仰、山岳修行を重視する宗教団体)

富士山信仰の富士講の系譜の実行教、扶桑教、丸山教、富士教、富士本教など、また、木曽御嶽山信仰の御嶽講社の系譜の御嶽教、御嶽教修正派、御嶽山曽間本教、御嶽山大教、いのちの会など。

2.純教祖系(教祖の宗教体験に基づく教えを中心にした宗教団体)

黒住教(黒住宗忠)、金光教(金光大神)、大本(出口なお、出口王仁三郎)、天理教(中山みき)系譜の大道教、世界心道教など。

①黒住教

黒住忠宗(1780~1850)が1814年、「天命直授」と呼ばれる宗教的回心を経験し布教活動を始めたのが最初。一人一人に宗教的覚醒を求めることに特徴があります。

②金光教

金光大神(1814~1883)により幕末期に作られた民衆宗教で、「とりつぎ共同体」である教会を中心に布教活動を行っています。「とりつぎ」は神の人類救済の願いを人に伝え、人の儀を神に祈る救済行為であり、課程とされます。

③大本

出口なお(1836~1918)のお筆先と娘婿の出口王仁三郎(1871~1948)による教義化、組織化という2大教祖を両輪として布教を本格化しました。大正・昭和と2度の弾圧を受けました。

3.禊系(禊ぎによる心身の鍛錬を強調する宗教団体)

禊教、神習教など。

4.儒教系(儒教と復古神道の要素を融合している宗教団体)

神道修正派、神道大成教、またこの系譜の修験道教、天地教など。

5.復古神道系(国学、復古神道の影響を強く受けた宗教団体)

出雲大社教、神理教、神道大教など。

 

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