葬具

今はほとんど見られなくなった葬列ですが、葬具には葬列で使われたものも多く、これが変形して現在の葬儀で用いられていることがあります。その1つが宮型霊柩車です。この屋根の先頭に龍の頭がついているデザインのものもありますが、これは葬列で使われた「龍頭」をならったものと思われます。

➊松明(タイマツ)

葬列の先頭に立ったのが松明で、サキダイマツ(先松明)と言われます。照明の役割の他に、墓火を焚くための大切なものだとの説もあります。また、火をつけない松明もありますが、これは箒の変形で、葬列の道を清める役割もあったと推測されています。

❷箒(ホウキ)

箒は出棺した後の式場を掃除し清めるためにも用いますが、葬列にも加わりました。塵やゴミを掃き清めることから、目に見えない悪霊を祓うための呪具として用いられたものと推測されています。

❸四本幡(シホンハタ)

4本の幡(旗)をまとめて並べる場合と、柩の前に2本、後ろに2本と分けて並べる場合などがあります。幡には梵字(古代インドで使用された文字)を書いたり、「諸行無常」「是生滅法」などの偈文(仏教の教えを簡潔に述べた詩)を書いたりしました。柩の四方や墓の四方に立てたとも言われ、墓を結界する(魔物が入ってこないように境界を区切る)と共に死者の滅罪に効果があると信じられたものです。

❹天蓋(テンガイ)

寺院には、僧侶の座る席の上に立派な天蓋がありますが、葬列では布製や紙製がほとんどでした。天蓋は柩のうえにかざし、死者の滅罪を願い、極楽往生することを願ったものと言われています。

❺龍頭(タツガシラ)

竹竿の先に龍の頭をかたどったものをつけたものです。龍の口の下に天蓋を下げたものや魂を入れる紙袋を下げたようなものもありました。死者の霊が荒らぶる魂であることを示したという解釈と、死者の霊が龍のように昇天することを願ったとする解釈があります。

❻六道(ロクドウ)

篠竹に小ロウソクを6本立てたものを言い、元は葬列の先頭の案内の灯明だったと思われます。死者は生前の行いによって六道のいずれかに行くとされ、たとえいずれに行っても六地蔵に助けてもらおうという地蔵信仰が六道ロウソクになったと思われます。今、祭壇の上部両側に6本灯明(六灯)が飾られるのは六道の名残です。

 

 

位牌は、仏教葬儀で死者の霊を祀るために使われる木製の牌で、「霊牌」とも言います。元来、儒葬で使われた「木主」や民俗信仰の「霊代」から生まれたものと言われ、死者の霊が宿る依代でした。

表には戒名(法名、法号)が書かれ、裏には俗名(生前名、本名)と死亡時年齢(享年、通常は数えで)、死亡年月日などが書かれます。

一般に四十九日までは白木の位牌を用いますが、これを「内位牌」「仮位牌」とも言います。この期間は仏壇ではなく中陰壇に置かれるのが一般的です。また、内位牌とは別に白木の「野位牌」が作られ、埋葬地に置かれることもあります。忌明と共に内位牌は寺に納め、野位牌は墓に埋めたり、焼いたりします。忌明以降は塗位牌を仏壇に納めます。

この他に集合型の「繰り出し位牌」があります。これは年忌法要に便利なように、故人の戒名などを記した板を祥月命日の順に並べて一基の位牌とするものです。(故人一人に一基の位牌を「札位牌」という)

札位牌や繰り出し位牌の板は、三十三回忌あるいは五十回忌をもって弔い上げとし、その後は先祖代々の位牌に合祀されるのが一般的です。

生前に戒名(法名、法号)をもらい、位牌や墓石に朱書きしておくことを「逆修」あるいは「預修」と言い、この位牌を「逆修牌」あるいは「寿牌」と言います。(故人の位牌は「順修牌」という)

浄土真宗の場合には、死者を礼拝の対象にしないため、原則として位牌を用いませんが、地方により葬儀のときに限って白木の位牌を用いることがあります。その場合でも本尊と並べたり、前に置いてはいけないとされています。浄土真宗で位牌の代わりに用いられるのが「法名軸」という掛け軸形式のもので、そこに法名を記して仏壇の側面にかけます。法名軸には、順次法名を記載していく合幅のものや、過去帳にして仏壇の中段横に置くものがあります。

 

本尊は葬具ではありません。本来は僧侶が持参するか、寺から都度借用するか、あるいは仏壇の本尊を用います。現在では、葬祭業者が用意しておくことも増えています。

➊三具足(みつぐそく)

「具足」とは道具の意味です。法要などで仏前を荘厳する基本的な道具です。香炉を中央に、向かって右に燭台、左に花立て(花瓶)を配します。寺院などでは法要では五具足を正式とします。このときは香炉を中央に、その両側に燭台を対に、両外側に花立てを対に配します。但し、葬儀は臨時の祭りという性格から三具足が一般に用いられます。

❷四華花(しかばな)

白紙または銀紙に刻み目を入れ、棒に螺旋状に巻き4本一組にして作る造花のことです。通常は祭壇最上段の両脇に配します。釈尊が亡くなったとき、沙羅双樹林が悲しみ白変し遺体を覆ったという故事にちなみます。シカバナ、シカと呼ばれ、四花、四華、死花、紙花とも書きます。

❸樒(しきみ)

仏花と言われ、もくれん科の常緑小高木で榊と同じく香花です。末期の水で樒の葉が用いられ、枕飾りでは1本樒が用いられます。戦前は神葬祭の榊同様に祭壇の両サイドに供えられました。中部、関西、四国などでは花環の代わりに供花として樒を挿して用います。

❹六灯(ろくちょう)

祭壇に置かれる6個の灯のこと。六道にちなみます。かつて夜に葬列のあった時代に葬列の先頭に立ち、辻々を照らした6個の明かりをロクドウと称した名残です。

❺春日燈籠(かすがとうろう)

昭和40年代まではよく用いられました。祭壇上部に四華花の内側に置かれました(中央が位牌輿)。奈良の春日神社の燈籠を模したものです。

❻蓮華(れんげ)

明治中期に誕生したと思われ、元は仏堂の金の蓮華を模したものです。蓮の花をデザインした紙型に金色に彩色したものを金蓮、銀色に彩色ものを銀蓮、その他、さまざまな色に彩色して用いられました。

❼鈴(りん)、鉦(かね)

仏具の1つ。読経時に用いる音を鳴らすものです。

❽前机(まえづくえ)

仏前に置かれる机のこと。前卓とも言います。前机が発達して祭壇になったとも言われます。枕飾りで用いるのは枕机と言います。

上尾市 葬儀
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明治時代の葬儀

江戸時代は士農工商という身分制度が支配しており、葬儀の奢侈(ぜいたく)化を嫌う行政権力から身分ごとの葬儀基準が示され、葬儀の簡素化が奨励されていました。明治に入り、この身分制度が取り払われることによって特に都市において大きな変化を招きます。

その第1は、日中に葬儀が行われるようになったことです。それ以前は夜になってひっそりと葬儀が組まれていたのですが、台頭した商人層を中心に日中に見せびらかすかのような葬列が登場してきます。

第2は寝棺および輿の登場です。江戸時代には座棺でしたが、富裕層では葬列の肥大化と共に寝棺が使われ、白木であつらえた輿に入れ大人数で運ぶようになりました。そしてこれが財力の象徴と受け取られるようになります。今でも東京、関西で白木の宮型霊柩車が上等とされるのはここに起因します。他方庶民は座棺が中心で、籠あるいは神輿型の黄金色に飾られた人力車で運んだりしました。

第3はさまざまな葬具の出現です。葬列を彩るために野道具と言われた葬具が立派になっていきます。金蓮、銀蓮、生花や造花を挿して車仕立てにした花車、鳩を放つ放鳥もこの頃出現したものです。鳩を運ぶ放鳥興、位牌を運ぶ位牌興、香炉を運ぶ香炉興なども出てきます。近代的な葬具の歴史の始まりと言ってよいでしょう。こうした葬具の提供で、専業化が進み、葬儀社の前身である貸葬具を業とする葬具屋が出現するところとなります。

第4は、粗供養の大型化です。葬儀となる地域の人に食事を振る舞うという習慣は、江戸時代から行われていました。また、葬列の出発の際に花籠のバラ菓子や小銭を入れ近隣の人に振る舞い供養としたなども既にみられたことで、粗供養の起源と思われます。葬儀が大型化すると、会葬者全てに対して菓子包み、饅頭、弁当を配るという今日の粗供養(会葬返礼品)の原型ができてきます。喪家側も不足すると恥ずかしいと大量に準備するようになりました。(「喪家」は、古くは「ソウカ」と読みました。関西では「モケ」、関東では「葬家」とも書き「ソウケ」と読みます。)

第5は、人夫の出現です。大きな葬列を演出するには多くの葬具運搬人や多数の参列者が必要となります。20人くらいから中には千人を超える人夫が動員されたとの記録があります。こうした葬祭業者は葬列用の衣装を揃え、また貸衣装も行ったと言われます。

葬列、葬具が大きく立派になるのは、都市においては富裕層から次第に一般庶民に影響するところとなっていきます。葬列の肥大化は明治20年くらいから10年間をピークとしており、明治30年代になると逆に葬儀の奢侈(しゃし)化が盛んに非難を浴びるようになってきます。葬儀における貧富格差が明確になると共に、地方との違いもまた大きかったのがこの時代の葬儀でした。

葬儀を業とする者の出現は江戸時代に遡ります。江戸時代の後期には、座棺(桶)を制作する、桶屋と呼ばれた業者の存在が見られます。しかし本格的な出現は明治時代に入ってからで、参列の人夫の手配業、葬具の制作、貸出業という形で始まります。葬祭業者の起源は大きく4つに分類されます。

①棺、葬具製作から転じたもの(カンヤ、ガンヤ、オケヤなどと呼ばれました)

②造花製作から転じたもの(ハナヤなどと呼ばれました)

③葬列の手配から転じたもの(カゴヤ、ソウレンヤなどと呼ばれました)

④食品業から転じたもの(葬儀の食料品の調達から葬具の貸し出しも行うようになったもので、八百屋、乾物屋などから転じたものです)

第二次世界大戦前の葬祭業者は葬儀の運営までを担うことはほとんどなく、葬具の制作・貸し出しを中心とした「葬具提供業」でした。

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